「精神と時の学校」で学んだこと

「1日が365日」とまではいかないけれど、いた時間以上に多くのことを学んだ学校。そこで学んだことを紹介します。

学校からの通信やお便りで伝えなければならないことは。

「精神と時の学校」でも学年通信を出していました。

この学年通信の出し方にも、一種独特のものがありました。

 

週1回発行で、一人ずつ交代で出します。学年部に3人いれば、3週間に1回というペースです。

これは、どの学校でもしていることだと思います。

 

ただ、おそらく大きく違うのは、「連絡事項」はほんの僅かであり、通信のほとんどは、文章でびっしり埋まっているということです。

子どもの事実。子どもの変容。変容した要因。言いたいこと。それらを、「起承転結」の4段落で書くことを基本としていました。

 

そして、自分で通信を完成させても、すぐに出せるわけではなく、学年長のオッケーが必要なのです。

最初の頃は学年長と何往復もしなければオッケーがもらえないのです。

 

赴任して最初に書いた通信を学年長に出したとき、「何が言いたいのかわからない。」とそのまま突き返され、赤も入れてもらえませんでした。

何が良くないのか自分で考え、書き直し、学年長と往復しているうちに、少しずつ、赤を入れてもらえるようになりました。

 

そして、やっと完成。

 

時には、子どもが帰る直前まで、変更や訂正を指導されることもありました。

 

苦労した分、このような通信の書き方で学んだことがありました。

 

①日々の生活の中で、必然的に、子どもを良く見るようになる。

 

子どもの変容や、その要因を捉えてなければ、通信が書けないので.必然的に子どもをよく見て、変容を捉え、変容があるような授業や教育活動が仕組まれます。もちろん、「通信を書くために」となってしまっては本末転倒ですが、子どもを変容させるための手立てを、日々の授業や教育活動の中で意識するようになります。

 

②「起承転結」は、見事に、一時間の授業と繋がっていることがわかる。

 

「起」は授業の導入。

「承」が課題の位置づけ。

「転」が展開。

「結」がまとめ、振り返り。

とくに「結」は、通信であれば、言いたいこと、保護者に伝えたいことで、授業であればねらいということになります。

ねらいがなければ、通信も書けない。授業もできない。

「起承転結」で文章を書くことは、授業の展開と似ており、授業にも生きる頭の使い方を覚えました。

 

③通信で伝える最も大切ことは、連絡事項ではない。

 

連絡事項も確かに大切です。また、連絡事項だけではなく、「学校でこんなことがありましたよ。」と子どもの様子を伝える通信は多いです。

しかし、それ以上に大切なのは、子どもの姿を通して、この学校で、この学年で、この学級で、どんな子どもを育てようとしているのか、それを保護者に伝えることだと思います。

 

「学校でこんなことありましたよ。」「こんなことしましたよ。」を伝えるその先に、「それによって、こんな子どもが育ってますよ」「こんな子どもを目指しているから、こんなことするんですよ。」という、取り組みのねらいを保護者に伝えることが大切だと思います。

 

そのねらいは、当然、学校教育目標や学年目標、学級目標と常につながっているわけです。

 

様々な教職員、様々な保護者の方がいる学校というところでは、「どんな子どもを育てたいのか。」という方向を揃えることがとても大切です。

 

「精神と時の学校」の学年通信は、発行される度に、子どもの姿を通して学年目標、学年目標、どんな子どもを育てたいのか。というものを教師も保護者も意識できる。揃えることができる。

そんな大切な役割を担っていたのです。

 

読んで頂き、ありがとうございました。