「精神と時の学校」で学んだこと

「1日が365日」とまではいかないけれど、いた時間以上に多くのことを学んだ学校。そこで学んだことを紹介します。

特別の教科道徳の「多面的・多角的に考える」とは

 「道徳」は「特別の教科道徳」となり、目標に「物事を多面的・多角的に考え」という文言が加わりました。

 「多面的」と「多角的」はどう違うのか時々話題になることがあります。

 学習指導要領には、違いは書かれていません。そのためか「違いを区別する必要はない」という人もいます。しかし敢えて「特別の教科道徳」における「多面的」と「多角的」に対する私なりの解釈とその必要性を「手品師」の教材をもとに考えてみたので紹介します。

 教材「手品師」は言わずと知れた有名な教材ですが、念のためあらすじを書いておきます。

0 「手品師」あらすじ

 腕は良いが長年売れない手品師が、ある日一人ぼっちの男の子と出会い、手品で笑顔にする。「明日も来る」と約束をするが、その日の夜、思いがけず大劇場で手品をする千載一遇のチャンスが巡ってくる。男の子の約束とダブルブッキングしてしまうのだ。

 手品師は、大劇場に立つ自分と男の子を思い浮かべる。しかしきっぱりと男の子の方に行くほうを選び、翌日、たった一人の観客・男の子の前で手品を披露する。

 

「手品師」は「正直・誠実」の教材です。

ここからの説明は「『手品師』が男の子を選んだ思いは、どんな思いなのか」を考える学習課題という前提です。

1「多的に考える」とは

子どもたちからいろんな考えが出されることが予想されます。

「約束は守らなければと思ったんじゃないかな」

「男の子が悲しむのが嫌だったんじゃないかな」

「ずっと後悔して生きるのが嫌だったんじゃないかな」

「自分の心に正直に生きたいと思ったんじゃないかな」  など。

この時、

「約束を守ろう」という考えは、「規則尊重」という内容項目の側面から。

「悲しむのが嫌」だと「親切・思いやり」の側面から。

「後悔して生きたくない」だと「よりよく生きる喜び」の側面から。

「自分に正直にいきたい」だと「正直・誠実」の側面から。

 このように様々な道徳的な価値の側面から考えることを「多面的に考える」と捉えてはどうでしょう。

2「多的に考える」とは

授業の中で「自分に正直にいきたい」など、ねらいに近い考えを授業の話題の中心し、さらに深く掘り下げていくことがあります。

 

子どもたちは

「自分に正直に生きると前向きに生きられる。明るく生きられる」

「嘘をつくと、例えうまくいっても心は暗くなる」など、

「自分に正直に生きる」ことの「良さ」を様々な角度からとらえていきます。

また、自分の生き方と比べさせることで、

「正直に生きたいとは思っているけどなかなか難しいな」など自分の生き方とつなげて考えるでしょう。

このように、ねらいに近い考えに焦点化する。そのことで中心として扱うべき道徳的な価値を自分の生き方とつなげるなど、様々な角度から考えることを「多角的に考える」と捉えてはどうでしょう。

以上のように「多面的」「多角的」を解釈したなら、授業ではどんな発問が考えられるでしょうか。

3「多的に考える」発問

「手品師はなぜ男の子の前で手品をすることを選んだのだろう」

「男の子の前で手品をする手品師はどんな思いだろう」

など、道徳的な行為を行った「主人公」や登場人物の思いを問う発問が、子どもが「多面的に考える発問」であるといえます。

子どもからいろいろな考えを出させる発問です。

「横の広がり」がある発問とでも言いましょうか。

 

4「多的に考える」発問

「『自分に正直に生きる』ことにはどんな素晴らしさがあるの」

「『後悔なく生きる』って、なぜ大切なの」

「自分に正直に生きられてますか」

など、ねらいとする内容項目についてじっくり考えさせる発問が、子どもが「多角的に考える発問」であるといえます。

子どもに、新たな視点から価値を見直させる発問です。

「たての深まり」がある発問とでも言いましょうか。

 

5 まとめ

 あくまで自分なりの解釈ではありますが、このように考えると「多面的」と「多角的」は区別をつけることができます。

 しかし「多面的」に広く考えさせるだけでは、様々に考えは出るかもしれませんが、深まりのない授業になるでしょう。いきなり「多角的」に深く考えさせようとしても、子ども主体の授業、本当に道徳的価値の尊さを実感できる授業とはならないでしょう。   

 だから、道徳では「多面的」だけでもなく「多角的」だけでもなく、子供が「多面的・多角的」に考えるようにすることが大切なのだと思います。

 必ずしも「多面的に考えさせてから多角的に」と順番があるわけでもありません。教材、子どもの実態で変わることもあるでしょう。また、「今は多面的に考えている状況だ」「ここから多角的に考えさせよう」などといつも線引きできるわけもないでしょう。しかし授業する上で、授業者が「横」の多面的と「縦」の多角的とがあること。そしてその両方をうまく組み合わせることが必要だと意識しておくことは、大切なんだろうと思います。

 

 「たての発問は多角的ぃー。横の発問は多面的ぃー。織りなす 授業はー。いつか子どものぉー。道徳性を育成するかもしれないー。」

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。